ブログ西麻布店

2020.3.4

日本の出汁と文化について

皆様こんにちは、瓢喜西麻布店 店長 岩田です。
本日は瓢喜出汁しゃぶの命とも言えます、「だし」日本の出汁と文化についてお話しさせて頂きます。
出汁
「だし」の代表的な素材である「昆布」と「かつお」の歴史は古く、700年ごろ(奈良-飛鳥時代)にはその名前が文献に登場しており、当時より重宝されていたことがうかがえます。
ただ、「だし」という意味の言葉が文献に登場するのは、それよりはだいぶ遅く、江戸時代に入ってからだそうです。この書は室町時代の後期の資料と推定されており、料理をはじめ、魚鳥の取扱い、飲食の作法について紹介しており、その中で白鳥を煮て調理する際に「にたし」というかつお節を用いた「だし」や、「だし」をとる際にだし袋を使用していたという記述が見られます。
さらに、江戸時代に入ると、江戸時代初期の代表的な料理書である「料理物語」など多くの文献に「だし」を利用した料理が登場してきます。
江戸中期になると、昆布と鰹節との「合わせだし」の記述もあり、このころには現代に近い「だし」の取り方が発明されていたことがうかがえます。
中でもこの「だし」文化を大きく発展させたのは、京都を中心とした関西でした。

「だし」が「煮出し」として文献にあらわれる江戸時代、京都は天皇家のご家来衆と、その関係者が作り上げた公家(くげ)文化のまちでした。
しかし江戸幕府が実権を握っていた江戸時代、そのほとんどは貧乏公家と呼ばれる人たちで、収入が少なく、十分な食料も買えないような状態だったそうです。
ただ、その気位は高かったため、地元の産物をわずかな調味料で、豪華に美味しく食べるために、食器にこだわり、薄味で素材の旨さを引き出した京料理が生まれと言われています。
その旨さを引き出す技術の要が、「だし」だったわけです。

鰹節 にぼし

瓢喜では「だし」のひき方、分量、時間、材料も用途に合わせて使い分けております。
京懐石の御碗の「だし」は繊細に、出汁しゃぶの「だし」は繊細かつ力強く、どちらも旨味を最大限に引き出す為、細心の注意を払っております。
皆様も是非、瓢喜西麻布店で京都文化が発展させた「だし」を、出汁しゃぶでお楽しみ下さい。

瓢喜西麻布店
店長 岩田

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