ブログ京橋店

2017.9.16

ビードロ、江戸切子などの美しいガラス細工

ビードロや江戸切子などといったガラス細工は、見た目にも美しいものですよね。それらをただ眺めているだけで心が癒されるという方も多いのではないでしょうか?

さて、本日はビードロや江戸切子などのガラスの器についてお話させていただきたいと思います。

ビードロとは

ビードロ
「ビードロ」とは、実はポルトガル語で「ガラス」または「ガラス製の器具」のことを意味しています。
室町末期に、長崎に来たオランダ人がガラス細工の製法を伝えたとされています。初めの頃は、ガラスで酒杯や鉢などといった小さな道具だけが作られていましたが、その後に日本に伝わった板状のものは「ガラス」と呼んで区別していたそうです。

ご存知の方も多いかと思いますが、ビードロはガラスの弾力性を利用した底の部分がとても薄いガラスのおもちゃです。
細い筒の中に息を軽く吹き込み、「ポッペン!」という音がしたら口を離します。
ちなみに、昔は子供のおもちゃではなく、厄落としの意味を込めてお正月に吹かれていたようです。

おもちゃのビードロ細工は、古くから人気があり、江戸時代に浮世絵師の歌麿が、婦女人相十品「ビードロを吹く女」という作品を描いたほどです。その当時では、ビードロを作ることができる職人が少なかったため、貴重品とされていたそうです。

江戸切子とは

江戸切子
江戸切子は、江戸末期につくられた透明な鉛ガラスに鑢や金棒と金剛砂によって切子細工が施されたものです。

色ガラスの層は薄く、何と言っても色鮮やかなのが特徴です。その加工方法も、文様を受け継ぎつつ手摺りからホイールを用いるものへと徐々に移行してきたそうです。

江戸切子は、「矢来」や「菊」、「麻」といったの葉模様など、身近な和の文様を繊細に切子をしていることも特徴的です。
現在では、当初からの素材であるクリスタルガラスなどの透きガラスよりも、色被せガラスを素材に用いたものが切子らしいイメージとされて、多く作られているようです。

江戸切子の歴史は古く、1834年に江戸大伝馬町のビードロ屋であった加賀屋久兵衛が、金剛砂でガラスの表面に模様を施したのが始まりだと言われています。
そして1873年に、明治政府の殖産興業政策の一環として品川興業社硝子製造所が開設され、近代的な硝子生産が始まったそうです。
また、1881年には、当時の最先端の技術を持ったカットグラス技師のエマヌエル・ホープトマンによる技術導入が行われ、これをきかっけとして近代的な技法が確立されて、その後発展しました。

これらのように、江戸切子は長崎を窓口として広まった江戸の硝子技術や職人、そして、薩摩切子廃絶に伴う技術の移転やイギリス・アイルランドのカットグラス技術などが融合していったものと考えられています。

どちらも美しい輝きを放つガラス細工で、ただ見ているだけでも心が安らいでいく気がします。
是非一度、直接お手に取っていただき、この美しさを味わってみてはいかがでしょうか。

当店では、すき焼き、しゃぶしゃぶをはじめ、様々な旬の食材を使った料理をご用意しております。是非一度当店自慢の料理をお召しあがりになってみてはいかがでしょうか。

皆様のご来店心よりお待ちしております。

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